インドのアムリトサルでは、国旗降下式を観るために5~6千人の観光客が国境に押し寄せています。
有名ではありませんがパキスタン側でも同様の式典が毎日実施されています。
会場の規模はインドの半分程度、来場者数1/10。こぢんまりしていますが、国境警備隊の動きを間近で観ることができるので、私はパキスタン側で観た方が楽しめました。
今回は、印パ国境で実施されている国旗降下式についてお伝えします。
インド軍に見劣るパキスタン側の降下式
インド、パキスタンは停戦中。両国の国交、貿易は当然ながら制限されています。
しかし、インドの「ワガ」、パキスタンの「アタリ」を結ぶ国境は越境できる珍しい場所です。
その印パを結ぶ道路上で毎日17時から盛大に実施されているのが国旗降下式です。
インド側は立派なスタジアムで、軍人のMC、音響を上手に使い盛り上げたところに旗を持った女性、子供が現れ観客は大興奮。スタジアムは熱狂に包まれます。
パキスタン側も整備されたスタジアムが用意されていますがその規模は半分以下。
訪れる観客もインドの1/10です。もちろん、人口も経済力もインドにかなわないため仕方ありません。
式典を進行するのは旗を持った4人のおじさん。
4人とも超メタボ体系なので20~30歩、歩くとゼイゼイ息を切らしています。
また、自前の音響設備がないため行進はインド側の音楽に合わせて実施されています。
逆にいえば、パキスタン側がインドの音響に合わせるので両国の行進が統一され一体感が作り出されているのです。
パキスタン軍の勝っている点
インド軍人MCが上手なのに対してパキスタンMCは比較できないほど見劣りするため会場のコール&レスポンスも力が抜けています。
また、パキスタン軍人の歩行もインドと比較すると揃っていないので、クオリティが劣っているように感じました。
それだけパキスタン人は、大らかな民族性の持ち主なのかもしれません。
しかし、インド軍に比べパキスタン軍が勝っている点もありました。
行進する隊員の身長が190㎝前後の高身長の兵隊で構成されていたので威厳がある。
ユニフォームのデザインが恰好よく洗練されている。2点でした。
私がパキスタン側の行事を観たいと思った理由は、インドの降下式がパキスタンを煽るように見えたので「パキスタン人はどのようにインドを見ているのか?」気になったからです。
しかし、会場はいたって平和。ニコニコした表情でインドの式典を遠目に眺めていました。
この式典で1番よかったと思った点は、軍人が国旗を降下する配置に移る直前に国境上で両国兵士が一瞬、握手したところでした。
よく見ていなければ見落としてしまう一瞬の行動。お決まりの予定調和なのかもしれませんが、その場面があったことに救われる思いがしました。
式典を見て良かったことは、両国に憎しみがなかったこと
戦争が行われたということは、親族や近しい人が死傷したことになります。そうなれば、敵対国家に憎しみを持つ人もいるはず。
「インドが大ボリュームで煽ってくることに不満」「自国の参加人数が少なくて劣等感を感じる」こういった感情をもって眺めている人がいなかったことに安心しました。
パキスタンと聞くとテロリストがいる危険な国。このようなイメージを持たれる方もいると思いますが、とっても心優しい国民、イスラム教国は旅人に親切な国です。
式典終了後の移動はヒッチハイク
式典が終わった時間は18時。参加者は一気に帰路につきます。
私が困ったのは公共交通機関が見当たらないことでした。駐車場に向かう群衆の中で話しかけて来た人に「隣町まで乗せてください」とお願いすると快諾してくれました。
1台のバイクに2人乗りで来ていた男性の間に挟まれてバッグを右手に抱えながら20㎞離れた道中「ワラ」で降ろしてくれました。
そこで「ラホール」行のオートリクシャに引き継いでくれました。
パキスタンの通貨“パキスタンルピー”は国境を越えてイミグレに入る前にいた闇両替商でインドルピーから交換していたので事なきを得ました。
パキスタンは社会構造が複雑で旅行者が驚かされる非効率なことを多々見かけます。
その辺りについても今後、書き記して行きたいと思います。
まとめ
パキスタンはインドと同等の国と思っていましたが、インドより遅れていました。
移動はもちろん、食事、宿、停電など多くの難関が待ち構えていることになります。
情報が不足しているエリアのため色々なことに難儀しましたが、その都度パキスタン人の優しさに救われました。
次回は、パキスタン第2の都市「ラホール」の世界遺産についてお伝えします。
訪問時期:2023年1月
パキスタン始めて興味が持てました
一度行ってみたいです
日本人にとってマイナーですが、本当に素晴らしい景色を観ることができる場所です